2010年4月15日
ピザの歴史
ピザが現在の形に近くなったのは、16世紀に新大陸からトマトがもたらされてからである。原産地インカでは栽培種となっていたトマトだが、ヨーロッパでは有毒植物ベラドンナと形が似ていたため、当初は食品としての人気はなく、もっぱら観賞植物として育てられていた。しかしインカと同様にスペイン領だったナポリでは、18世紀後半までには貧しい人々がトマトをパンに乗せる具として使い始めた。ナポリのピザはすぐに訪れる観光客に対する名物料理となった。
当初、ピザは屋台や路地売りされ、あるいは屋台で売られていた。ナポリのピッツェリア・アンティカ・ポルタルバは1738年から店でピザを作って路地で販売しており、1830年に店を椅子とテーブルが整ったレストランに改装した。現在の店舗も当時と同じ位置にある。『三銃士』の作者アレクサンドル・デュマ・ペールは1843年の著Le Corricoloの中で、ピザがナポリの貧民が冬に食べる唯一の食べ物であると説明した上で、「ナポリのピザは植物油、豚脂、牛脂、チーズ、トマト、アンチョビで味付けられている」と描写している。
1870年創業のセルサーレの老舗ピザ専門店「ダ・ミシェル」は、本物のナポリピッツァはマリナーラとマルゲリータの2種類だけだとしている。ナポリピッツァ・マリナーラは最も古い形のピザであり、トマト、オレガノ、ニンニク、オリーブ・オイルが具であり、バジリコが使われることも多い。マリナーラは「船乗り」を意味する語であり、ナポリ湾を拠点とする漁師が好んだからこの名が付いたと言われている。マルゲリータは1880年創業のピザ専門店ラファエレ・エスポージト (en) が作った。1889年、エスポージトはイタリア王ウンベルト1世と王妃マルゲリータに3種のピザを献上し、このうちマルゲリータはイタリア国旗を思わせる緑(バジリコ)、白(モッツァレッラチーズ)、赤(トマト)で彩られたピザを気に入った。ナポリピッツァ・マルゲリータの名はこれに由来する。
1984年に設立された「元祖ナポリピッツァ協会」("Associazione Verace Pizza Napoletana")はナポリピッツァのピザ台の製法を「薪を使って485℃に加熱した密閉オーブンで60~90秒焼いたもの。生地は手でこねること。生地を伸ばすのに麺棒などの道具を用いてはいけない。直径は35センチメートルを超えてはいけない。中央の厚さは3分の1センチメートルを越えてはいけない」と定めている。
ナポリのピザ台が柔らかくしなやかな一方、ローマでは薄くサクサクしたものが好まれた。また、ピザ・アル・タリオ (pizza al taglio) と呼ばれる四角い型の上で焼かれるタイプのものもある。ピザ・アル・タリオには多種多様なトッピングがなされ、量り売りされる。
『ウィキペディア(Wikipedia)』引用
ピザは屋台や路地売りで販売されていたそうです。
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